大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和50年(ワ)342号 判決

判決

原告(反訴被告)

株式会社西北建設

右代表者

小田幸枝

右訴訟代理人

高木新二郎

外二名

被告(反訴原告)

宝生産業株式会社

右代表者

戸ケ崎浩司

右訴訟代理人

薬師寺志光

外三名

主文

一  本訴被告は本訴原告に対し、本訴原告が金一七八万六九四三円を支払つたときは、別紙物件目録(一)記載の建物について別紙登記目録(一)・(二)・(三)記載の、別紙物件目録(二)記載の建物について別紙登記目録(四)・(五)・(六)記載の各登記の各抹消登記手続をせよ。

二  本訴原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  反訴被告は反訴原告に対し、金一七八万六九四三円及びこれに対する昭和五〇年五月一七日からその支払の済むまで日歩八銭二厘の割合による金員の支払をせよ。

四  反訴原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は本訴・反訴を通じてこれを四分し、その一を本訴原告(反訴被告)の、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

六  この判決は主文第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、本訴請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告は原告に対し、原告が金七万一六七〇円を支払つたときは、別紙物件目録(一)記載の建物について別紙登記目録(一)・(二)・(三)記載の、別紙物件目録(二)記載の建物について別紙登記目録(四)・(五)・(六)記載の各登記の各末消登記手続をせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

(予備的請求)

1 被告は原告に対し、本訴原告が金一七五万〇〇〇九円を支払つたときは、別紙物件目録(一)記載の建物について別紙登記目録(一)・(二)・(三)記載の、別紙物件目録(二)記載の建物について別紙登記目録(四)・(五)・(六)記載の各登記の各抹消登記手続をせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二、本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

三、反訴請求の趣旨

1  反訴被告は反訴原告に対し、金一二一七万九一五四円及び内金一七四万七七二五円に対する昭和四九年一二月二〇日以降、内金七六万五三八一円に対する同年一二月二八日以降、内金三七九万三七一九円に対する同年一二月六日以降、内金三七八万九三四二円に対する同年一二月一六日以降、内金二〇八万二九八七円に対する同年一二月九日からそれぞれその支払の済むまで日歩八銭二厘の割合による金員の支払をせよ。

2  訴行費用は反訴原告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

四、反訴請求の趣旨に対する答弁

1  反訴原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一、本訴請求の原因

1  原告は被告から、三〇日間で四分の利息を支払うことを約して、次の通り金員を借受けた。

借受日  金額   弁済期

①昭和47年8月25日

金一六〇〇万円 同年9月22日

②右同日  金二〇〇万円 右同日

③昭和48年3月17日

金一三〇〇万円 昭和48年5月15日

④同年5月7日

金一五〇〇万円 同年7月5日

⑤同年5月29日

金三〇〇万円 同年7月27日

⑥同年7月14日

金六〇〇万円 同年9月11日

⑦同年7月24日

金六〇〇万円 同年9月21日

⑧同年10月15日

金三〇〇万円 同年12月13日

2  訴外株式会社西北産業(以下「訴外会社」という。)は昭和四八年三月二六日、金一〇〇〇万円を以下の約定で借受けた。

利息  三〇日間で四分

弁済期 同年五月二三日

3  第1項及び第2項の借入に際してはいずれも、弁済期まで三〇日間四分の割合による利息及び元本に対する一分五厘の割合による手数料をそれぞれ天引された。

4  原告は被告に対し、被告との間の金銭消費貸借取引によつて負担した債務及び将来負担することあるべき債務並びに被告の原告に対する手形・小切手債権の履行を担保するため、昭和四八年五月七日に別紙物件目録(一)記載の建物について、同年五月二八日に同目録(二)記載の建物についてそれぞれ極度額を二〇〇〇万円とする根抵当権設定契約、代物弁済予約、根抵当債務の不履行を停止条件とする賃借権設定契約を締結し、別紙登記目録記載の各登記を了した。

5  前記借入について被告に対し、原告は別表(一)の1ないし8、訴外会社は別表(一)の9の各支払欄記載の通り、各利息・損害金・書替料・手数料・元本内入金等の支払をなしたが、書替料及び手数料の支払は利息の支払とみなすべきところ、利息制限法所定の利率を超える利息の支払額を元本に充当すると、その結果は別表(一)の1ないし9記載の通りとなる。

なお被告の主張する念書は、原告の代理人であつた訴外小田愃務が各支払の際に、担保として被告に預託していた土地権利証・委任状・約束手形の返還のための受領証として白紙に署名捺印を求められてこれに応じたものであり、「念書」なる標題及び本文はいずれも被告が後日記載したものである。原告らは債務の不存在を知らなかつたし、また利息制限法の制限を超える利息の受領は不法の原因に基づくものだからといつて訴外会社が不当利得返還請求権を失うことはない。

6  訴外会社は昭和五〇年五月一五日、別表(一)の9記載の通り、被告に対する過払金三八七万八八一七円の不当利得返還請求権及びこれに対する法定利息債権(被告が利息制限法による制限を超えていることを知つて元本として六〇〇万円を受領した日の翌日である昭和四九年六月一九日から昭和五〇年五月一六日まで年六分の割合によつて計算すると、金二一万一六八六円となる。)を原告に譲渡し、同月一六日に被告に到達した書面をもつてその旨を被告に通知した。

7  原告が被告に負う債務は左記の通り合計四一六万二一七三円であるので、原告は昭和五〇年六月四日の本件口頭弁論期日において、右債務と前項記載の債権とをその対当額において相殺する旨の意思表示をした。従つて原告が被告に対して負う残債務は金七万一六七〇円となる。

(一) 別表(一)の66記載の残元本 金一六五万三八九六円

(二) 右に対する昭和四九年一二月六日から昭和五〇年五月一六日までの年三割の割合による遅延損害金 金二六万四四七一円

(三) 別表(一)の8記載の残元本 金二〇二万三五六六円

(四) 右に対する昭和四九年一二月九日から昭和五〇年五月一六日までの年三割の割合による遅延損害金 金二二万〇二四〇円

以上合計四一六万二一七三円

8  原・被告間の金銭貸借取引は既に終了して今後再開される見込はなく、被告は右金銭貸借取引によるものの他に原告振出人は裏書にかかる手形・小切手を現に所持していない。また原告は昭和四九年一二月一五日に銀行取引停止処分を受けたので右期日以降は手形・小切手を振出していず、右処分を受けるまでに振出した諸手形の最終の満期日は昭和五〇年五月八日であるため、今後、被告は原告に対して手形・小切手債権を取得する見込はない。従つて第4項記載の根抵当権は確定した。

9  よつて原告は被告に対し、前記残債務を弁済したときは別紙登記目録記載の各登記の抹消登記手続をなすことを求める。

10  仮に第3項記載の手数料天引の事実がないとすると、計算関係は別表(二)の1ないし9記載の通りとなる。即ち左記の通り、原告の被告に対する債務は金五六二万三七四二円であり、訴外会社から譲渡を受けた債権額は金三八七万三七三三円であるから、相殺によつて原告が被告に負担する残債務は金一七五万〇〇〇九円である。

(一) 原告の債務 合計五六二万三七四二円

(1) 別表(二)の6記載の残元本 金二八八万三七二五円

(2) (1)に対する昭和四九年一二月六日から昭和五〇年五月一六日までの年三割の割合による遅延損害金 金三八万三九七〇円

(3) 別表(二)の8記載の残元本 金二〇八万三七三四円

(4) (3)に対する昭和四九年一二月九日から昭和五〇年五月一六日まで年三割の割合による遅延損害金 金二七万二三一三円

(二) 訴外会社の債権 合計三八七万三七三三円

(1) 別表(二)の9記載の過払金 金三六七万三二六四円

(2) 右に対する昭和四九年六月一九日から昭和五〇年五月一六日まで年六分の割合による利息 金二〇万〇四六九円

11  よつて予備的に原告は被告に対し、前残債務を弁済したときは別紙登記目録記載の各登記の抹消登記手続をなすことを求める。〈以下省略〉

理由

第一本訴請求について

一請求の原因第1項の事実中、原告がその主張する日時に同項①ないし⑧記載の金員を、弁済期はいずれも原告主張どおりで被告から借受けたことについては、当事者間に争いがない。利息の点については原告は三〇日四分と主張し、被告は月四分の約定であつたと主張するのであるが、被告の主張である別表(三)の1ないし9によれば、被告は利息として三〇日間に四分又は六〇日間に八分の割合による金員を受領していることを自認しているのであるから、結局三〇日に四分という約定であつたと見ることができる。もつとも右のいずれであるとしても利息制限法の制限を超過するものであることには相違がなく、かつ右制限超過の部分は改めて元本に充当計算すべきものであるから、結局当時の約定の如何に拘らず、以下の判断には影響を及ぼさないものである。

二同第2項の事実についても、利息の約定の点を除いて当事者間に争いがない。而して利息の約定に対する当裁判所の判断は前項と同様である。

三同第3項については、まず、被告が貸付にあたつて元金の四分に当る額を利息として天引したことは被告の主張である別表(三)の1ないし9によつて明らかである。他方一分五厘の割合による手数料の天引については、〈証拠〉中に原告の主張に副う部分があるが、右部分は〈証拠〉に照らしてたやすく採用し難く、他には右手数料の天引を認めるに足りる証拠はない。従つて以下は右手数料の天引はなかつたものとして論を進めることとなる。

四同第4項については当事者間に争いがない。

五そこで原告の被告に対する弁済の状況について判断する。弁済に関する原告の主張である別表(二)の1ないし8と被告の主張である(三)の1ないし8をそれぞれ対比すると、金員の支払に関する点については以下に指摘する点を除いて当事者間に争いがない。別表(二)及び(三)の間で相違をきたしているのは、原告の債務⑥(本訴請求の原因第1項記載の番号で示す。以下同じ)の損害金として昭和四九年一月二九日に支払われた金額であるが(原告は別表(二)の6によつて合計三四万円を支払つたと主張し、被告は別表(三)の6によつて金二七万円を受領したと主張する。)〈証拠〉によつて原告はこの時にその主張通り合計三四万円を弁済したことが認められる。

次に元金の弁済の際に原告から被告に差入れられたという念書〈証拠〉について検討するに、〈証拠〉によれば、被告は利息制限法の制約を免れるために右念書の如き書類を謄写版刷りで用意しておき、必要な場合に債務者にこれを示して署名捺印を求めており、本件の場合には、原告の代表者である訴外小田幸枝の夫であつて原告の代理人であつた小田愃務が債務①の元金一六〇〇万円、債務②の元金二〇〇万円(但し二回に分けて弁済)、債務③の元金一三〇〇万円をそれぞれ弁済する際に右愃務から徴したものであることを認めることができる。証人小田愃務は、右各念書は署名時は白紙であり、担保として被告に託していた土地権利証、委任状等の受領証として被告に言われるままに署名捺印したものである旨を供述するが、日付記入欄があるほかは右半分が白紙であつて文書の表題の記載もない受領証というようなものはたやすく考えられず、〈証拠〉に照らしてもこの点に関する原告の主張は採用できない。金融業者が利息制限法の制約を免れようとしてかかる念書を予め用意しておくというのもいかにもありそうなことである。

しかしながら右念書の効力については改めてこれを考察することを要する。右念書は要するに、その記載によつて明らかな通り、債務者に元本を弁済させるに際して元本の一部が利息制限法の制限を超える利息・損害金の超過部分の充当によつて既に消滅していることを債務者の署名・捺印によつて承認させる形をとることによつて、債務者が非債務弁済による不当利得返還請求権を喪失することを意図したものであり、利息制限法の潜脱を目的としたものである。

元来利息制限法の趣旨に照らして、債務者は、債務の弁済として支払つた金員が同法所定の制限に従つた元利合計額を超える場合には、支払金の各目・支払の時期等の如何を問わず超過分に対する不当利得返還請求権を有していると解すべきものであるにも拘らず、前記念書はこれを形の上で債務者の承認があつたことにして債権者側から見た右の制約を免れようとしており、更に被告はこのような念書を謄写版刷りで多数用意しておいて債務者の元本返済の際にこれを徴していたことは前示の通りであり、また〈証拠〉の各念書が担保物件の権利証や委任状の受領証としても用いられていることからすると被告は一般に債務者の右念書への署名捺印と引換にその時に初めて債務が完済されたものとして権利証や委任状等を債務者に返戻している事実が推認できるのであるが、前記念書の記載に右各事実を勘案するときは、結局右の如き念書は利息制限法の明白な脱法行為としてその効力を認め得ないものであると言わなければならない。債権者が弁済を受ける際に債務者に作成させる一片の念書で利息制限法の趣旨が全く覆えされるような事態は到底承認できないところである。

従つて原告は利息制限法所定の制限に従つた元利合計額を超える部分に対する返還請求権を有するのであるから、これを同一債権者に対する他の債務の弁済に充当することも専ら債務者の意思によるべきことになる。而して本件の場合に原告の右充当の指定に基づいて計算した結果が別表(二)の1ないし8であるから、債務①ないし⑧のうち残債務を余すのは⑥の元本二八八万三七二五円及びこれに対する昭和四九年一二月五日からの遅延損害金並びに⑧の元本二〇八万三七三四円及びこれに対する同年一二月九日からの遅延損害金のみである。

六次に訴外会社の被告に対する弁済の状況について判断するに、別表(二)の9と(三)の9とを対比してみると、金員の支払に関する点については当事者間に争いのないことが明らかである。そこで訴外会社の不当利得返還請求権について検討することになるが、〈証拠〉によれば、同人は訴外会社の事実上の代表者として同社の業務一切をとり行つていたことが認められるから、右事実から訴外会社の⑨の債務について被告からの借入及び被告への弁済はすべて右小田が訴外会社の代理人としてなしていたものであることを推認することができる。

ところで訴外会社は右債務の元本の弁済として被告に対し、昭和四九年四月三〇日に金一〇〇万円、同年五月二日に金三〇〇万円、同年六月一八日に金六〇〇万円をそれぞれ支払つたことについては当事者間に争いがないことは前示の通りであり、そのうち右六〇〇万円の支払をなした時にはそれまでに利息制限法の制限を超える利息・損害金を支払つていたため、右制限を超過する部分を元本に充当計算すると右支払時の残元本は金二五六万円余に過ぎなかつたことは別表(二)の9によつて明らかである。而して右支払時に元本額が前記の額に既に消滅していたことを知つていたとすれば、債務の不存在を知りながらなした弁済としてその返済を求め得ないものであるが、本件の場合には訴外会社の代理人であつた前記小田愃務が訴外会社の債務不存在を知つていたと認めるに足りる証拠は存しない。〈証拠〉によれば、右小田は原告の代理人としてその債務を弁済した際に利息・損害金として支払つた金員の元本充当によつて元本が一部消滅したことを承認する旨の念書を徴されていることが明らかであり、これから小田は訴外会社の代理人としてその債務を弁済した際にも同様に元本が既に一部消滅していることを承認し得た筈であるという推論ができなくはない。しかしながら民法第七〇五条の非償弁済として給付した物の返還を求め得なくなるという効果を引出すためには、債務者が債務が不存在である所以を明確に認識していることを要し、その可能性ないし蓋然性のみでは足りないものと解される。〈証拠〉によれば、一般に前記念書の文言を債務者に対して読上げても法律上返済しなくてもよいものであるというまでの説明はしないというのであるから、現実には債務者が、いかなる理由に基づいてどれほどの債務が消滅しているのかということ、そして場合によつてはその時に支払う金額の少なからぬ部分が法律上は無駄な弁済になりかねないということを認識していたとはたやすく考えられないのであるから、まして本件の場合、小田が訴外会社の代理人としてその債務を弁済するにあたつて、以前原告の代理人として同様な償務の弁済をする際に前記のような念書を徴されていた一事をもつて訴外会社の債務の不存在を認識していたとすることはできない。訴外会社の債務の弁済にあたつて右小田と被告間で超過分を返還請求しないという話ができていた旨の〈証拠〉は措信しない。

従つて被告・訴外会社間の債務の弁済関係は原告の主張である別表(二)の9記載の通りとなり、訴外会社は被告に対して金三六七万三二六四円の不当利得返還請求権及びこれに対する支払の日の翌日(被告は、元本の弁済を受ける際に前記のような念書を用意しておいた点から見て、金員受領の際はまずその利息制限法の制限を超過した金員を受領することを知つていたものと推認することができる。)からの法定利息債権を有するのである。

七訴外会社が原告に前項記載の各債権を譲渡し、その旨を被告に通知した事実については、弁論の全趣旨によつて被告はこれを争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

八そこで改めて原・被告間の債権債務関係を整理してみると次の通りとなる。

(一)  原告の債務

(1) 別表(二)の6記載の残元本 金二八八万三七二五円

(2) (1)に対する遅延損害金

昭和四九年一二月六日から原告が区切とする昭和五〇年五月一六日まで利息制限法の年三割の制限に従つて計算すると金三八万三九七〇円となる。

(3) 別表(二)の8記載の残元本 金二〇八万三七三四円

(4) (3)に対する遅延損害金

昭和四九年一二月九日から原告が区切とする昭和五〇年五月一六日まで(2)と同様にして計算すると金二七万二三一三円となる。

(二)  訴外会社から原告が譲渡を受けた債権

(1) 別表(二)の9記載の過払元本 金三六七万三二六四円

(2) 右に対する法定利息

別表(二)の9の記載に従つて昭和四九年六月一九日から同月二五日までは金三四三万三二六四円、同月二六日から原告が区切とする昭和五〇年五月一六日までは金三六七万三二六四円について民事法定利率年五分の割合による法定利息を計算するとそれぞれ金三二九二円、一六万三五三五円であるから合計額は金一六万六八二七円となる。原告が主張する法定利息は三六七万三二六四円金額について昭和四九年六月一九日から起算している点において誤つており、また商業法定利率による理由はない。

九原告が昭和五〇年六月四日の本件口頭弁論期日において、前項(一)記載の債務を同(二)記載の債権とその対当額で相殺する旨の意思表示をなしたことは記録上明らかである。従つて結局原告が被告に対して負う残債務は金一七八万六九四三円及びこれに対する昭和五〇年五月一七日からその支払の済むまで年三割の割合による遅延損害金となる。

一〇次に原・被告間の消費貸借取引関係について判断するに、〈証拠〉によれば、被告は原告振出にかかる手形・小切手を所持しておらず、また原告は昭和四九年一二月に銀行取引停止処分を受けたのでそれ以後は手形・小切手を振出していないため被告が今後原告に対して手形、小切手債権を取得する見込はないこと及び原告は今後被告と取引を継続する意思を有していないことが認められる。従つて第四項で判示した根抵当権については、被担保債権の元本が前項記載の金額以上になる余地のないことが明らかであるから、民法第三九八条ノ二〇第一項第一号掲記の事由に該当するものとして前記根抵当権の元本は確定したものと言わなければならない。してみれば原告は前項記載の残債務を弁済することによつて別紙目録(一)・(四)記載の各根抵当権設定登記及び同目録(二)・(三)・(五)・(六)記載が各登記(これらがいずれも原告の被告に対する債務の履行を担保する趣旨のものに過ぎないことは前示の通りである。)の各抹消登記手続を請求できることになる筋合である。

ところで抵当権設定登記の抹消を求めるには、その被担保債権を消滅させた後にこれをなすのが本則であるが、本件では被告が反訴として前記①ないし⑧の債務の弁済として金一二〇〇万円余の支払を求めているのであつて、当事者間に債務額について争いがある以上、原告としてはその主張通りの金額を弁済又は供託しても被告が抹消登記手続に応じない恐れがあり、また供託後の抹消請求の訴についても請求棄却の可能性があることを免れない。しかしながらこのような場合に債務額の確認と登記抹消との二重の訴を提起させるのは全く無用の手数にほかならず、原告の債務額の確認を前提とする登記抹消の訴は将来の給付の請求ではあるが民事訴訟法二二六条にいう予めその請求をなす必要が存するものとしてその請求を許すべきものである。而して原告の被告に対する元本債務が金一七八万六九四三円に確定していることは前示の通りである。

第二反訴請求について

一請求の原因第一項中、反訴原告がその主張する日時に同項記載の金員を反訴被告に貸付けたことについては当事者間に争いがない。弁済期の点についても同様である。利息の約定に関する当裁判所の判断は前示(第一の第一項)の通りである。遅延損害金の約定については、〈証拠〉にはいずれも損害金を日歩八銭二厘とする旨の記載があるが、損害金か利息を大きく下回る約定であつたというのはたやすく措信し難いし、反訴原告が債務者から三〇日毎に元本の四分にあたる金額を受領していたことは別表(三)の2ないし9によつて自認するところであるから、損害金についても利息同様に三〇日四分の約定であつたと見るが相当である。もつとも右の割合も利息制限法所定の制限を超過するものであるから、同法の制限内で認容すべきことになるのは当然である。

二次に前項記載の債権の弁済関係について検討するに、反訴被告は前記①ないし⑧の債務に対する弁済・充当・訴外会社からの債権譲渡、相殺を主張するところ、当裁判所は右主張を概ね正当と判断する。その理由は前示(第一)の通りであるから再説しないが、要するに反訴原告が反訴被告に対して前記債務の履行として請求し得るのは金一七八万六九四三円及びこれに対する前記の相殺が遡及して効力を生じた日の翌日である昭和五〇年五月一七日からその支払の済むまで反訴原告の請求する日歩八銭二厘の割合による遅延損害金にとどまるのである。

(なお右一七八万六九四三円という金額は別表(二)の2ないし9記載の通り遅延損害金の割合を年三割として計算した結果得られた金額であり、他方反訴原告がここで請求している遅延損害金はその割合を日歩八銭二厘としているから、厳密に言うならば計算結果に若干の差異が出るべきところであるが、社会通念上「年三割」は即ち「日歩八銭二厘」と観念されており、また事実上右両者間にはほとんど差がない―正確には年三割は日歩八銭二厘二毛となり、日歩八銭二厘は年二割九分九厘となる―ことから、前記相殺までの段階において計算上年三割という割合を採用して本訴・反訴の結果を整合させても差支えないと解する。)

第三結論

以上を総合すると、原告の本訴請求は金一七八万六九四三円の支払を条件として別紙登記目録記載の各登記の各抹消登記手続を求める限度において理由があり、反訴原告の反訴請求は右一七八万六九四三円及びこれに対する昭和五〇年五月一七日からその支払の済むまで日歩八銭二厘の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれをいずれも正当として認容し、その余はすべて理由がないからこれらを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項を各適用することとして、主文の通り判決する次第である。

(倉田卓次 井筒宏成 西野喜一)

〈別紙物件目録、登記目録、別表(一)ないし(三)省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例